清浄山 禪興寺

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和尚随筆

2020.09/24

和尚随筆

 JAほっと通信 令和二年十月号  「諸行無常(しょぎょうむじょう)」

 JAほっと通信 令和二年十月号
 「諸行無常(しょぎょうむじょう)」
 黒川郡大和町 
臨済宗妙心寺派 禪興寺住職 梅澤徹玄
 今年の酷暑続きの夏も漸く過ぎ、稲刈りの始まりと共に、朝夕肌寒い季節となって参りました。七ツ森山麓は、樹木もほっと一息。秋の紅葉に向け、密かに力を蓄えているようです。さて、一口に紅葉とは言え、一本一本の樹木、日の出から夕暮れ迄の一瞬一瞬、又、その年の気候や様々な条件によって、紅葉の進み具合や濃淡、散りゆく季節や速度も千差万別です。一瞬として同じ「紅葉」というものはありません。時々刻々移り変わり、全てが二度と出会うことのできないそのとき限りの「紅葉」です。これを仏教の言葉で「諸行無常」と申します。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」と平家物語の冒頭で知られる一句です。栄枯盛衰のはかなさを表す様に思われますが、本来の仏教語は違います。
世の中のすべてのものに、いつまでも変わらぬ永遠不滅のものは何一つとして存在しない。生まれ変わり死に変わり、時々刻々変化し続けることだけが、唯一変わらぬ永遠の真理である、とお釈迦様はお説きになっています。人生には納得のいかない様々な苦労や困難、悩みなどが満ち満ちています。なぜよりによって私だけが、こんな理屈に合わない目に合わなければならないのか、と天を恨むこともしばしばです。
コツコツと努力を重ね、大切に守り育ててきた人生の宝物。自分や家族の命や健康、信用や肩書、地位、財産も含め、それらはいつまでも変わらず、この掌(てのひら)の中にあって欲しい、と願うのは誰しも変わらぬ願いです。しかし、ある日突然、天災や病気や、事件、事故、その他さまざまな原因によって、当たり前の日常が問答無用、即刻無条件に失われてしまうことがあるのも人生です。当たり前に自分のものと思っているものも、御縁によって、そのとき一瞬、仮に掌にお預かりしている、すべてはお預かりものに過ぎません。縁が尽きた途端にすべてをお返しして何も残らない道理です。紅葉も盛りを過ぎれば散り果てて、翌年の新たな芽吹きの肥やしとなります。理不尽な苦労もいつまでも続く訳ではありません。苦労や悩みを人生の肥やしとし、自らの力を蓄えるこころの糧(かて)として、希望を捨てず、今この時を生きる大切さを、この句は教えてくれているのではないでしょうか。以上

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和尚随筆

2020.09/24
和尚随筆

 JAほっと通信 令和二年十月号  「諸行無常(しょぎょうむじょう)」

 JAほっと通信 令和二年十月号
 「諸行無常(しょぎょうむじょう)」
 黒川郡大和町 
臨済宗妙心寺派 禪興寺住職 梅澤徹玄
 今年の酷暑続きの夏も漸く過ぎ、稲刈りの始まりと共に、朝夕肌寒い季節となって参りました。七ツ森山麓は、樹木もほっと一息。秋の紅葉に向け、密かに力を蓄えているようです。さて、一口に紅葉とは言え、一本一本の樹木、日の出から夕暮れ迄の一瞬一瞬、又、その年の気候や様々な条件によって、紅葉の進み具合や濃淡、散りゆく季節や速度も千差万別です。一瞬として同じ「紅葉」というものはありません。時々刻々移り変わり、全てが二度と出会うことのできないそのとき限りの「紅葉」です。これを仏教の言葉で「諸行無常」と申します。「祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり」と平家物語の冒頭で知られる一句です。栄枯盛衰のはかなさを表す様に思われますが、本来の仏教語は違います。
世の中のすべてのものに、いつまでも変わらぬ永遠不滅のものは何一つとして存在しない。生まれ変わり死に変わり、時々刻々変化し続けることだけが、唯一変わらぬ永遠の真理である、とお釈迦様はお説きになっています。人生には納得のいかない様々な苦労や困難、悩みなどが満ち満ちています。なぜよりによって私だけが、こんな理屈に合わない目に合わなければならないのか、と天を恨むこともしばしばです。
コツコツと努力を重ね、大切に守り育ててきた人生の宝物。自分や家族の命や健康、信用や肩書、地位、財産も含め、それらはいつまでも変わらず、この掌(てのひら)の中にあって欲しい、と願うのは誰しも変わらぬ願いです。しかし、ある日突然、天災や病気や、事件、事故、その他さまざまな原因によって、当たり前の日常が問答無用、即刻無条件に失われてしまうことがあるのも人生です。当たり前に自分のものと思っているものも、御縁によって、そのとき一瞬、仮に掌にお預かりしている、すべてはお預かりものに過ぎません。縁が尽きた途端にすべてをお返しして何も残らない道理です。紅葉も盛りを過ぎれば散り果てて、翌年の新たな芽吹きの肥やしとなります。理不尽な苦労もいつまでも続く訳ではありません。苦労や悩みを人生の肥やしとし、自らの力を蓄えるこころの糧(かて)として、希望を捨てず、今この時を生きる大切さを、この句は教えてくれているのではないでしょうか。以上

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